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増田の梵天

増田の活発な商業活動と結びついて生まれたのが「増田の梵天」です。

寛正年間(1460~65年)に増田城主となった土肥氏が、三所神(廣田大神に武運長久、事代主大神に子孫繁栄、蛭子大神に五穀豊穣)を崇拝し、領民にも蛭子大神恵比寿様の信仰を勧めていました。

朝市が佐竹藩に公認された寛永20年(1643年)頃、市場の神様として恵比寿堂を建て商売繁盛を願っていました(一説にはこの頃に梵天始まる)。その後安政2年(1856年)にその祠堂が一間四面の堂宇に改築され、この慶事を祝って五十集衆(いさばしゅう)が貴重な麻糸を使った梵天を奉納したのが始まりと言われています。次第に各町内で奉納する(町衆梵天)ようになり、多いときには50本も奉納されたと言われています。

増田梵天の特徴に、担ぎ手が片手で竿をかかげ、額や肩や腰に乗せる勇壮で豪快な演技があります。頭飾り・歌・演技と三拍子そろっていることが特徴です。

梵天コンクールは昭和26年(1951年)に始まりましたが、一時中断し昭和52年(1977年)に再開されています。現在奉納される梵天は数本のみですが、平成12年度より増田小学校の児童も参加しています。

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